曇りなき眼で見定めブログ

学生です。勉強したことを書いていく所存です。リンクもコメントも自由です! お手柔らかに。。。更新のお知らせはTwitter@cut_eliminationで

「深刻ぶった女はキレイじゃない」が真であるのは深刻ぶった女がキレイではないとき、またそのときに限る(ホフディラン「スマイル」の歌詞を考える)

 タイトルは有名なタルスキの真理定義のパロディである*1*2

 タルスキはおいといて、ここではホフディランの「スマイル」という曲の歌詞を考察したいのよ。 


www.youtube.com

まあ名曲である。最近は森七菜さんのカバーによってリバイバルしている。


www.youtube.com

 で、この曲の歌詞の「深刻ぶった女はキレイじゃないから」とか「すぐスマイルするべきだ 子供じゃないならね」といったフレーズがよくないのではないかということが言われている。例えば以下のnote記事。

note.com

書いた方は大学教授らしい。要約すると、ホフディランの歌詞の女性観は古典的であるとのこと。「女性だって深刻な場面はいくらでもあるのに」と。この方はリアルタイムでそれを感じていたらしいが、現代の価値観にはなお合っておらず、オロナミンCのCMで森七菜さんに歌わせるべきではない、と。なるほど、確かにそうだ。

 また、このnoteでは出てこないが、ネット上では「モラハラ」という言葉とともに批判する意見が多く見られる。私は、自分で考えた解釈ならいいが、こういった新語や人文学・言論界の流行をなぞることで考えた気になってしまうような状態を危険視している。また、現代の「アップデートされた」価値観で作品を見ることはとても良いことなのだが、それがなにか知的な営為であるかのような風潮はちょっと嫌である。なのでやや注意深くこのへんのことを考えたい。

 私としてはこの曲は、ひとりの男がひとりの女に語りかける歌で、あまり一般論を持ち込むべきではないのではないかと思う。

モラルハラスメントとは何か?

 モラハラモラルハラスメント)って最近よく聴くけどなんなのだろう。モラルを強要するハラスメントだろうか? 調べてみたらけっこう興味深いことがわかってきた。

モラルハラスメント - Wikipedia

 日本語版ウィキペディアを見ると、どうもマリー=フランス・イルゴイエンヌというフランスの精神病理学者が考えた概念らしい。フランス語版ウィキペディアにも記事がある。

Harcèlement moral — Wikipédia

しかし英語では"mobbing"というとある。英語版ウィキペディアには「モラルハラスメント」という項目はなく、モラルハラスメントのページで英語版のリンクを押すと"mobbing"のページに行く。見るとモラハラとはだいぶ違うしイルゴイエンヌの名もモラルという語も出てこない。モビングといったらカラスがタカにやる嫌がらせである。これを人間社会にも転用したものっぽい。

Mobbing - Wikipedia

なぜウィキペディアはこれらを同じ概念としてリンクを作っているのだろう?

 こういうことはままあるものである。つまり、世界の学術界で認められている統一された用語はないのだろうが、誰もが見たり経験したりしていることに言語圏ごとで別の名前が付いたということかと。ポルトガル語ウィキペディアのリンクを見ると「モラルハラスメント」らしき題だった。ロシア語版は違ったが。しかしだったらモラルハラスメントなる概念が必要なのかどうなのか。世界的にはどちらかというとモビングのほうが優勢に見える。

 多くの人がぼんやりと抱えていたことに明確な名前が付いて共有しやすくなるのは良いことだが、気になるのは、語として明確になっても依然として概念はぼんやりしたままだということだ。モラルハラスメントの「モラル」ってなんなのだろう。モラルを押し付けることなのか、モラルに反した態度をとることなのか、これが調べても判然としない。「モラルに関するハラスメント」みたいな説明がよく出てくるが、それってどういうことなのか? ウィキペディアを見てもよくわからなかった。モラルを押し付けるということなら過度にマスクを強要するとかそういうのがモラハラにあたりそうだがそうは使われていない。現代日本語では「〇〇ハラスメント」というと〇〇の部分に不快感の発生源が入ると思う。ヌードルハラスメントとか。けれどもともとのフランス語にはそのような語結合はないのではないか。

 なんだかこの言葉、人を糾弾するための道具みたいなになってしまっていやしないだろうか。

 というわけなので、私は今後はモラハラという言葉を使わないようにしたいな〜と思った。モラハラという言葉を使っている文章を読むときは、それがどういう意味で使われているのかよく考えることとする。

好意的に解釈した「スマイル」

 作詞者のワタナベさんがどう思って書いているのか、あえてトゲのあるフレーズとして書いているのか本気でそういう人なのかわからないのでなんとも言えないところがある。先ほどのnoteを見た感じ他の曲の歌詞も怪しいようだ。だがこの「スマイル」は歌詞をよく読み込んでみると*3、これがけっこう深いことがわかる。

  「深刻ぶった女はキレイじゃないから」というのは、そう思っているというよりそう言って励ましているのだと思う。あえて警句っぽい言い方をしてちょっと皮肉まじりにおちゃらけた感じを出した表現なのではなかろうか。とするとこの歌詞に対して「女だって深刻な状況はある」と反応するのは変ではなかろうか。これは一般的な信念を述べているのではないと思う。また、おそらくこれはたいして深刻ではない場面なのだろう。例えば持ってた株が大暴落したとかそんな場面で「深刻ぶった女はキレイじゃない」とかそんなことは言わないだろう。

 ここで当記事のタイトル回収をしておく。20世紀前半の分析哲学では、論理学を駆使して言語の意味を考察するのが主流だった。この流れの金字塔がタルスキの真理理論である。真理とかそういった論理学の概念を使って意味を定義できる。対して20世紀後半には、人間の発話や会話には論理的な意味以上の(社会的な?)機能があるという考え方が出てきた。これを言語行為論という。思うにこの歌詞に対する怒りの反応の多くは、意味を論理的に考えすぎたのではないだろうか。この歌詞は意味内容よりもそれを言うという行為が持つ機能を受け取るべきなのだと思う。「深刻ぶった女はキレイじゃないから」の「から」が重要である。「深刻ぶった女はキレイじゃない」だけで成立する歌詞ではない。

 あとついでに述べておくが、先ほどのnoteで「自分はバリバリ仕事をする芯の強い女性が好きなので」と書いてあるのはちょっと違和感がある。「深刻ぶった女はキレイじゃない」に対して「女にも深刻な状況はある」と反論するのも変だが、さらに「深刻な女」の具体例を出しにいくのはもっと変である。べつにバリバリ仕事をする芯の強い女性でなくても深刻な場面は人生において多々あるだろう。これだと「一般に女性は深刻なことなどない」という価値観を共有してしまっている気がする*4

 実は「深刻ぶった女はキレイじゃないから」という一節は歌詞中で一度しか出てこない。それよりも「すぐスマイルするべきだ 子供じゃないならね」がバースの最後で反復され、曲全体の最後もこれで締められる。こちらのほうが高圧的に読めると私は思っていて、事実この一節への批判も多い。ただ、先ほどの「これはたいして深刻な場面ではない」という解釈が妥当ならば以下のことが言える。「いつでもスマイルしようね」とか「かわいくスマイルしててね」といった妙に優しげなフレーズが並ぶ歌詞のあとで必ず「すぐスマイルするべきだ 子供じゃないならね」と言ってちょっとピリッとするのがこの歌詞の仕組みなのではないか、と。この歌詞の主人公の男は、ずっとぐずっている女に対して最初は優しく接しようとするも、必ずしまいにはイラついてしまう、これがこの歌のストーリーなのではないかと。歌詞というものは全体でひとつの主張を持っているとは限らなくて、歌のなかで心情の変化が描かれることもあるだろう。微妙な関係の揺れ動き、恋人の日常のなかにあるちょっと不穏な空気、これがこの曲のテーマなのではなかろうか。ここまで読み込んでみて初めて言えるが、まあなかなか嫌な男である。ただ、嫌な人間が描かれているからといってダメな作品とはならない。むしろ人間の嫌な面に踏み込んでいるために名作になることもある。

 しかし、じゃあなんで森七菜さんがカバーしてオロナミンCのCMに使われるのかって話は当然ここでも残っている。なのでここへの批判は妥当かと。ただまあこれはこれでちょっと曲の雰囲気も変って新たな解釈の余地があるのかも。

 あと「すぐスマイルするべきだ」というのは「す」で頭韻を踏んでいて、全体にウ段を多用している。この聴き心地の良さの裏にトゲがあるのが良いのだろう。

  「深刻ぶった女はキレイじゃないから」も後半の「人間なんてそれほどキレイじゃないから」と対になっている。こういう構成のおもしろさも見逃せない。

まとめ

 企業CMが炎上するときになんかに、「その映像が現代社会において持っている意味」みたいなものが特に議論もされずなんとなく決まってしまっているかのようになることがよくある。しかし映像しかり歌詞しかり、それは意外に多くの情報を持っていたりする。

 すぐ文句を言わず、注意深く解釈してから批判するべきだ。

 子供じゃないならね。

 

スマイル

スマイル

 

 

スマイル

スマイル

  • 発売日: 2020/07/19
  • メディア: MP3 ダウンロード
 

 

タルスキの真理論の論文は↓この本に収録されています。

現代哲学基本論文集〈2〉 (双書プロブレーマタ)

現代哲学基本論文集〈2〉 (双書プロブレーマタ)

  • 作者:G. ムーア
  • 発売日: 1987/07/01
  • メディア: 単行本
 

 

*1:正確には「真理述語の定義」と言ったほうがいいですかね。

*2:「有名な」と言っても分析哲学においての話であって、分析哲学に興味のない方にはなんじゃそりゃだと思いますが…

*3:歌詞を読み込むということが正しい鑑賞態度といえるのかどうかは難しい問題です。あくまで作品は歌なので。おそらく分析美学でそういう研究があるはずなので、そのうちちゃんと調べます。

*4:どうです? ワシのほうがアップデートできてますでしょう?