曇りなき眼で見定めブログ

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傑作映画『ノマドランド』の感想

 非常に良かった。アカデミー賞ってすごいなあ。

 本作は「詩のような映画」とかよく言われているようだが、なんかこれは要するに筋のない映画というのを上品に言った表現と感じる。原作はノンフィクションなので、劇的な筋書きはなくドキュメンタリーというかルポみたいな感じである。メインの二人のキャスト以外はプロの役者ではなく本当のノマドの人だとか。

 とにかくリアリティがある。リアリティというのは社会性とかそういうことではない。私はアメリカのリアルなど知らないので。そうではなく、挨拶とか社交辞令とか普通は脚本に入らないような何気ない感嘆表現とかがとても多いのである。また排泄のシーンもある。私はアニメ『アルプスの少女ハイジ』を見ていても「排泄はどうしてるんだろう?」と気になってしまう質である。まあそれはハイジが生活描写のリアリティに拘った作品だからで、となるとアニメではなく実写映画を観るときにはさらに嘘臭さが気になるのである。なので本作はとても良かった。

 原作を主演のフランシス・マクドーマンドさんが読んで感銘を受け、映画化を企画したらしい。なので主演兼プロデューサーである。マクドーマンドさんは自分と同世代の人の経済的苦境や車上生活のリアルに衝撃を受けたらしい(Wikipedia情報)。しかしこれは監督のクロエ・ジャオ氏の個性が加わったからか、映画は貧困をテーマにした感じともまた違う。

  「人生は旅だ」とよく言うが、それをそのまま映画にしたような感じである。しかしなんか「円環」もモチーフとして出てくる。主人公のファーンは同じところをぐるぐるする生活を送っているようで、亡くなった夫との指輪を大切に持っていたり、ノマドには永遠の別れはないという輪廻を思わせるようなセリフもある。そしてノマドを開拓者になぞらえるセリフとか、地層や恐竜の話、何光年も離れた恒星から降り注ぐ宇宙線の話、川の流れに身をまかせる場面や大樹に触れる場面も出てきて、人生や生死を歴史や自然や宇宙と重ね合わせた重層的なイメージで捉えている。

 先述のとおり登場するノマドは本当のノマド生活者らしく、ところどころで彼らの独白が挟まる。安楽死などシビアな話も出る(セリフなのか本音なのかはよくわからない)。経済的苦境を訴える映画というより、なぜノマドという生き方を選んだのかが重要なのである。流浪するなかでいろんな人生というか人生観が交錯する感じがこの映画のおもしろさだと思う。やはり「人生は旅」である。

 印象的なのは主人公ファーン(マクドーマンド)の顔をアップでじっと映したカットが多いことである。そのつど微妙な表情をしている。これがいい。顔面に複雑な心情がにじみ出ている。「喜び」とか「悲しみ」とか何かひとつの単語では言い表せない顔なのである。それが「この映画はこういう映画です」という要約を拒んでいる。人間の複雑さがよく表れている。アカデミー賞ではマクドーマンドさんも受賞したみたいだが、この顔面が素晴しかったのだと思う。

 久々に「良い映画」というものを堪能できました。

 まあ、私はノマド生活とか到底無理ですが。

 

 あと、それほど似ているわけではないのだが、観ていて以下の本に収録されている「カオカオ様が通る」という短編マンガ作品を思い出した。「いちばん感動的な瞬間に死にたい」みたいなセリフが共通していたか。