このところ『リーディングス 数学の哲学』という本を読んでいる。数学の哲学の重要論文を翻訳して集めたものである。
ゲーデルの論文がいくつか入っている。それを読むと、ゲーデルという人は大大大論理学者でありながら、勉強というものをよくしているなあと思う。ラッセル=ホワイトヘッドの『プリンキピア・マテマティカ』をここまで丹念に読んでいる人はそういないと言われている。また後輩の論文もたくさん読んで最新の研究動向を把握している。天才とされる人も、たんに天才に生まれついただけでなく、インプットをたくさんしているのである。
と、言うこともあるけれど、世の中にはインプットを全然しない天才というのもいる。私の尊敬する異端の天才論理学者ジャン=イヴ・ジラール先生は、たぶんだけど人の論文をあまり読まない。最も有名な"Linear Logic"という線形論理の原論文は、100ページもあるけれど参考文献が6個しかなく、しかもそのうち5個は自分が書いた論文なのである*1。これはどうしたことか!?
鈴木敏夫は宮﨑駿について「映画を観ないから映画を作れる」と語っている。
宮﨑駿は他人の作った映画をまったく観ない。しかしそのおかげで他人のコピーにならずに済むのだという。思うにジラール先生も、他人の書いたものを読まないおかげでオリジナルでクリエイティブな存在たりえているのではないか。という話を先日、ジラールに対して批判的な人に話したらウケた。
北野武も映画を観ないことで有名である(もっとも照れから話を盛っている可能性はあるが)。楳図かずおも他人の作品を見ないと聞く。インプットしないタイプの天才はちょくちょくいるのである。対して手塚治虫はめちゃくちゃインプットしていたらしい。どちらのタイプの天才が優れているかとかは言えない。
凡人は地道に勉強したほうがいいというのはもちろん言うまでもないがね。
*1:ただし、"Proofs and Types"、 "The Blind Spot"といった本では参考文献がちゃんとたくさんついている。適切な引用をしていない箇所は多いが……
