曇りなき眼で見定めブログ

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【チェンソーマン】レゼのロシア語の歌(?)の翻訳と考察

  『チェンソーマン』は全巻読んだのだけれど感想を書いていなかった。それはまた別の機会に。今回のテーマは同作の第43話で出てくるロシア語の歌である。実は私はロシア語がちょっとできるので、これを訳してこの歌がなんなのか考えます。

 私は『チェンソーマン』のキャラでレゼがいちばん好きです。エピソードとしてもいちばん好きです。

 

 以下ネタバレもあるので注意。

 

「ジェーンは教会で眠った」

 第43話のサブタイトルは「ジェーンは教会で眠った」となっている。この話の前後はレゼというキャラクターが出てきて主人公デンジを翻弄するというエピソードが続いている。

 実はレゼはソ連で育てられたスパイで、デンジの心臓を狙っていた。しかしレゼのデンジへの想いは本当にすべて嘘だったのか…みたいな切ないやつである。

 というわけなのでレゼの母語はロシア語なのだろう。

 この回では、ただのかわいい子かと思われたレゼが、何者かに襲われた際に超人的な戦闘力を見せ、あきらかに只者ではないと判明する。その戦闘シーンで突如ロシア語の歌をくちずさむのである。

 なお、先ほどから「歌」と書いているが、歌なのかどうかも判然としない。しかし吹き出しに「♪」マークが付いているので歌っているっぽい。また後述のとおり、これが歌だとして既存の歌なのかどうかはわかっていない。

 以下の訳を見ていただければわかるとおり、歌詞のなかで「ジェーン」という女性の名前が出てきて、教会で眠るというくだりもある。なのでこのサブタイトルは歌のタイトルなんじゃないかと推測される。しかしただの推測である。

※環境によってはキリル文字(ロシア語の文字)がうまく表示されないようです。全角になってしまいます。しかし『チェンソーマン』も写植(?)がうまくいっていないのかキリル文字が全角になってしまっているのでまあまあまあ。

私訳

 День моего свидания с Джейн

 僕とジェーンのデートの日

 

 Все готово

 準備は万端

 

 Утром мы пойдем вместе в церковть

 朝、一緒に教会へ行こう

 

 Мы будем пить кофе и есть омлеты в кафе

 カフェでコーヒーを飲んでオムレツを食べよう

 

 После того как мы прогуляемся в парке

 公園をちょっと散歩したら

 

 Мы пойдем в аквариум и увиде※ любимых Джейн, дельфинов и пингвинов

 水族館へ行ってジェーンの好きなイルカとペンギンを見よう

 

 После обеда мы отдохнем

 ディナーの後はひと休みしよう

 

 Итак, что мы сделали утром

 それで、僕らは今朝なにをしたっけ

 

 Мы будем говорить об этом пока не вспомним

 思い出すまで語り合うけど

 

 Мы не вспомним

 僕らは思い出せないだろう

 

 И ночью мы будем спать в церкви

 そして僕らは教会で眠るだろう

 

 ※印をつけた"увиде"は調べてもロシア語にはない語で、おそらく"увидем"の誤植であろうかと。なのでそのように訳した。

  「朝、一緒に教会へ行こう」からは全て未来時制になっている。なのですべては「僕」の願望かもしれない。またロシア語には未来形にも完了体と不完了体の区別があって、それらが混ざった文章になっている。これらの使い分けはけっこう難しい。完了体は一回きりの動作で不完了体は継続性があったり反復される動作に使うというのが基本である。「教会へ行こう」のところは完了体で、一人称複数の完了体未来は勧誘のニュアンスがあるように思う。しかし全体的にこの歌は計画なのか願望なのかジェーンへの誘いなのか判然としない。これらが渾然一体とした感じもする。もしくは機械翻訳にかけたためにそのあたりのニュアンスが不徹底なのか…(出典については後述)。そういったことを判定できるほどのロシア語の知識は私にはない。例えば日本語→ロシア語の機械翻訳の精度もよく知らない。しかし「行く」「ちょっと散歩する」「見る」「ひと休みする」「思い出す」が完了体で「飲む」「食べる」「語り合う」「眠る」が不完了体というのはうまく使い分けられている感じである。

既訳があります

 以下のようにTwitterでも訳を載せている方がいる。正確には投稿者のご友人が訳者である。私の上の訳もこれをちょっと参考にさせていただいた。

mobile.twitter.com

しかし、解釈の相違点もいくつかある。

 "любимых Джейн, "というのを「最愛なるジェーン」と訳しているが、"любимых"は複数生格という形をしていて呼びかけに適した形ではないように思える。ジェーンに呼びかけるなら"любимая Джейн, "となるべきではないかと。これはあとのイルカとペンギンが同じ形なのでそこに掛かっていて、ジェーンは「愛する」というのの主体になっていると私は考えた。しかしДжейнという非ロシア的な名前は格変化をしないので解釈が難しい。また" , "が付いているのはちょっと不自然かもしれず、「愛しのジェーン」と呼びかけているという解釈も捨てきれないかも*1

 続いて「思い出せない」もしくは「思い出さない」の解釈について。この方は"обед"を「昼食」と訳しているのだが、ロシアでは日本と一日の食事の感覚が違っていて、どちらかというと夕食と考えるべきではないかと思う。"обед"は日本の昼食よりは遅い時間で、一日のメインの食事である。なので「思い出せない」のはこれが一日の終りだからで、それくらい一日が楽しくて充実していたということなのだと思う。しかしこの方の「わざと思い出さずいつまでも語り合っていたい」というこの方の解釈はなかなか鋭いなと感心してしまった。

出典はどこか?

 この歌、何か出典があるのだろうか? これが調べてもよくわからない。ジェーンというのは普通は英語圏の名前なので、英語の歌か何かが元なのかもしれない。しかし名前だけでは根拠が薄い。

 先のツイートで「元はイギリスの小説家による恋愛小説」とある。これは以下のツイートから広まった説だと思う。

mobile.twitter.com

私はこのハーレクイン小説を読んでいないのだが、あらすじを見てみてもどうも「ジェーン」という名前以外の共通点はなさそうである。水族館や教会といったモチーフもなさそうで。というか『二人のティータイム』のヒロインの名前は正確には「メリー・ジェーン」だった。この小説と結びつけるのはどうもこの方の早とちりではないかなと。

 先のツイートでは拙いロシア語か上級のロシア語かという問題にも触れられていたが、文法的には関係代名詞や仮定法や副動詞(というのがロシア語文法にはあるのです)が出てこないのでかなり簡単である。でも歌詞ってそんなもんかも。それ以上に、韻やスラングや主語の省略なんかがないことでネイティブっぽいロシア語に感じられない感じ感である。もとはロシア語ではないんじゃないかと私は思う。ロシア語だとしても子供向けの何かか。

 などといろいろ考えたのだが、私の説はふつうにタツキ先生が考えたオリジナルの詞だというものである。そもそもなぜ「元ネタがある」と思ったのかというと、これがロシア語だからである。出典もなくロシア語の詞を作れるはずがない、と。しかし別にロシアの文献かなんかに出典がなくとも日本語で考えて翻訳をする手段はいくらでもある。マンガの作中に英語が出てくる際と事情はそれほどかわらない。そしてジェーンという名前はロシアっぽくないのだから、この時点で「ロシア語だから元ネタがあるに違いない」と考える根拠は薄れる。ロシア語っぽくないのだから。翻訳ソフトも使えるし、ロシア語に詳しいアドバイザーがいるのかもしれないし、そもそもタツキ先生ご自身がロシア語を知っている可能性だってある。

 もうひとつ「元ネタがある」と思った根拠があって、それはこの詞があまりにもオシャレで『チェンソーマン』の作風から浮いているということである。どうも私のなかに「『チェンソーマン』の作者にこんなオシャレな詞が書けるはずがないしロシア語がわかるはずがない」という偏見があったようで、反省している。タツキ先生、ごめんなさい。

 作中でトーリカというキャラクターも出てくるが、私ははじめこれもロシア語由来の名前かと思った。ロシア語の"только"というのは英語の"only"にあたる語で、「唯一無二」みたいな意味もまああるだろうけど、もっと「ただわずかにそれだけ」みたいな否定的なニュアンスが強い語かなと。しかしトーリカはドイツ人のサンタクロースの弟子なのでロシア人ではない、かと思いきやサンタクロースのピクシブ百科を見るとロシア(ソ連)人という説もあるらしい。

dic.pixiv.net

この説が妥当かどうかは疑わしいが(私と同じく名前から判断しているので)、少なくともトーリカの出身はドイツとは限らないようだ。そもそも「サンタクロース」というのもドイツ語ではないので、そのへんはけっこう曖昧である。

 この"только"なのだが、文字通りカナを当てると「トルコ」になると思う。しかしロシア語の発音では「トーリカ」が近い。ロシア語を学んだことのある方ならば「トルコ」よりも「トーリカ」のほうが自然に感じると思う。トーリカの名前の由来が"только"なのだとしたら、やはりタツキ先生がある程度ロシア語ができるか、あるいは背後にロシア語のブレーンがいるかしていると思う。

結論

 本作はアニメ化が決定している。このエピソードまでやるかどうかは今のところわからないが、これが歌として映像化されることで何か新たな情報が出てくるかもしれない。それまで結論は待ちましょうや。

 

 

「ジェーンは教会で眠った」は↓この巻に収録されています。

 

 読んでませんが…

*1:ただ「最愛」までいくかな? という感じまします。