みんな買って読もう!
私は最早哲学の入門者では無いが、入門書を読むのが好きである。当ブログでも入門書の紹介を充実させていきたい所存。
哲学を知らない人に勧められる本を今までもいろいろ考えてきたのだが、本書は最高かもしれない。世の中には「偉人の名言を学ぼう」的な軽い本か、手堅く方法論を教える本が多いのだが、本書は最先端の研究を易しく紹介していて新しい。哲学というのは刺激的な学問なのよというのを教えたいので。しかし(クソビジネス本みたいな見た目とは裏腹に)実力派の著者ばかりが揃っているので議論は割としっかりしている(クソビジネス本の高度なパロディみたいにも思える)。というかこんな安い本にこれほど多くの著者が参加しているのはすごい。すごい哲学。
目次を見るだけで面白いくらい多彩なテーマで、沢山の研究を紹介している。各項目は短いので議論が論理として不十分だったり「だからどうした」的なところで終っていたりするものもあるのだが、まあそれは仕方がない。あくまで入口の本という事で。日本語の参考文献をたくさん載せるとええんじゃないかという気もする。
以下は面白かった或いは気になった項目を幾つか。
長門裕介「プレーオフの優勝決定戦に納得がいかないのはなぜか?」
長々とリーグ戦をやったのに最終的にプレーオフで決着をするのはどうなんだ、という話。
そもそもスポーツの試合は何の為にやるのか(そして何が面白くて見るのか)、というような観点が導入されていそこからプレーオフ制度の是非を考察している。「どちらが強いかを分るようにする為に試合をする」という説が取り上げられている。そしてその優劣を明解に決められなくする要素が嫌われるのではないか、と。
この前のサッカーW杯は決勝トーナメントでPK戦による決着が頻出したが、なんだか不満が残るという意見が多く、これも同じような理由かもしれないと考えた。
青田麻未「動物園で動物の美しさを鑑賞できるのか?」
動物の美しさは野生でなければ見られない、という話。動物の知識をつけて、野生環境を訪れて観察するのが良いらしい。小学校の頃「野鳥部」という野鳥観察をする部活に属していた私としては嬉しい。
この前YouTubeのもちまる日記というチャンネルを演出が過剰だと批判する記事を書いたが、ペットの鑑賞も人間が恣意的に可愛さを見出している感じで良くないところがあると私は思う。
森功次「ヘヴィ・メタルを「ヘヴィ」にしているのは何か?」
メタル好きの友人(後輩)にここの議論を話したら微妙な反応だった!
森功次「マジック・ショーの面白さはどこにあるのか?」
これは凄く面白かった。ケンダル・ウォルトンのメイク・ビリーブの本を読んだ事があるから尚更だったか。
映画とは違って客が「物が消えるという事が起こっているかのように」想像せずとも実際に物は消えているとか、マジシャンは観客に本気で魔術や超能力と思ってほしくはないとか、意外だが頷ける議論だった。
村山正碩「表現の自由はなぜ重要なのか」
表現は自分を理解する為に必要というような議論だった。
しかし近年トゥイッターなんかで問題となる表現の自由の問題とは、表現物を広告のような形で公開して良いかどうかというものなので、ちょっとズレているような。でもよく考えると、ズレているのは広告に適した表現かどうか? という問題を表現の自由の問題と見做している人たちの方かもしれない。
千葉汐音「注意の仕方が変われば世界が美しくなる?」
美的な経験は一つの対象の持つ多くの要素に注意を向けることで得られるという。
アニメ評論に使えそう。確かに画面が豊かなアニメほど面白い。
長門裕介「学生スポーツの選手は金儲けしてはいけないのか?
このテーマは私も気になっていた。甲子園とか箱根駅伝とか学生に負担を掛けすぎの割にギャラは払わなくてええんか!
稲岡大志「好きなスポーツ選手が不正行為をしたらファンをやめるべきか?」
スポーツ選手だけでなくアイドルなんかにも拡張できる「推し活」論になっている。哲学というより戒めみたいだった。稲岡先生は声優の堀江由衣氏の大ファンらしく、そういう人が書いたと思うと胸が熱くなる。
飯塚理恵「ガンになりやすい遺伝子を着床前診断で選別してもよいか?」
面白いが、反出生主義を学んだわたし的には不満がある。
長門裕介「カンニングはどうして悪いのか?」
カンニングの「悪さ」を詳細に分析していくと、実はそんなに悪いことではないというか、もっと悪いこともあるのにカンニングだけ悪いとされすぎではないか、となっていく。これも大変面白い議論だった。
稲岡大志「三段論法は本当に正しいのか?」
いちおう論理学が専門の私だが、全然知らなかった。三段論法の反論となりうる驚くべき例が紹介されている。
遠藤進平「質問をしただけなのに怒られるのはなぜか?」
私も質問をしただけで怒られた事があるのでマジで気をつけようと思った。
遠藤進平「「進次郎構文」は無意味なのか?」
不可能世界という概念を用いてトートロジーの意味を分析している。
不可能世界というのは論理学的にも興味深い物らしいので調べてみたいっスね。
新川拓哉「色はどこにあるのか?」
色というのは物の性質のようでもあるが、主観的なもののようでもある。主観であるとすれば実在しないとも言える。
主観説・反実在論の根拠としては、人によって、生き物によって色は違って見える、という事が挙げられる。しかし、色の多元論、即ち、物は色を一つではなく無数に持っていて、それらのうちの一部が見えているだけという説を提示する。そうすれば人によって生き物によって違って見えるのも、違う一部が見えているだけ、という新たな見方が浮上する。
とても刺激的な議論であった。意外ではあるが納得できる。そして哲学ならではの問題設定と論理展開で良い。
私は美学やフィクション論にちょっと関心があるので、その面から興味深い論が多かった。
科学哲学っぽい話題も欲しかったが、それは類書も多いしなくても良かったのかも。