【分析】「モーニング娘。の第3期メンバー」は確定記述句か?【哲学】 - 曇りなき眼で見定めブログ
↑この記事で「『モーニング娘。の第3期メンバー』は後藤真希という一人の人物を表現するが、これは確定記述句っぽくない」というようなことを書いた。ここでの問題は、そもそも確定記述句の定義は定冠詞のついた単数の名詞句というものなのだが日本語には冠詞も数もない。なので「モーニング娘。の第3期メンバー」といっても指示表現に見えないのである。
先の記事を書いたときには『言語哲学大全Ⅱ」を参照していた。実は当時の私は『言語哲学大全Ⅰ』を紛失していたのである。確定記述句の解説は『Ⅰ』が扱う範囲で、『Ⅱ』では復習程度にしか出てこない。しかし引越しに際して『Ⅰ』が出てきた。そして折よく『Ⅰ』の読書会に参加する機会があった。そして気づいた。
『言語哲学大全Ⅰ』の174ページに確定記述句を含んだ文の例として
・チャールズ二世の父親#は処刑された。The father of Charles Ⅱ was executed.
というのが出てくる。この「#」というのはすぐのちに出てくるもう一つの例文と対比するとわかる。
・チャールズ二世の父親は処刑された。A father of Charles Ⅱ was executed.
英語のほうの例文では冠詞が"the"から"a"に替っている。つまりこれは英語の冠詞の違いを日本語の例文でも再現するために加えられた「#」なのである。
やはり日本語では確定記述句の議論はちょっとピンとこない。この記法に従うと「モーニング娘。の第3期メンバー#」と書くことで確定記述句になるが単に「モーニング娘。の第3期メンバー」だとそうではない。私の感覚では、"the"というのは唯一性を表すだけでなく、それがなんらかの指示表現であるということも示唆しているように思える。日本語にはそれがないので「モーニング娘。の第3期メンバー」はある人物を表しているのかどうかわからないのかなと。つまり日本語には確定記述句ともそうでないとも受け取れる句が普通なのでは。それを回避するために#みたいな記号が必要となる。