私は手描き2Dアニメに忠誠を誓っているのでストップモーションアニメの話題作があっても見てこなかったのだけれど、「PUI PUIモルカー」とかいうやつ、めちゃくちゃおもしろい。キングオブコントでにゃんこスターが高得点を叩き出したとき、審査員の松本人志が「笑いには憎たらしさも必要だ」と言っていた。事実、松本は誰かのネタやボケに対して「腹立つわ〜」と言いながら笑っていることが多い。私の感想はこれに近い。私も「腹立つわ〜」と思いながら熱心にモルカーを見ている。
私は第2話が放送されたあたりで知って見はじめた。驚くべきことに、まだそれくらいの段階で既に話題になっていて、情弱の私にも届いたのである*1。朝の子ども向け番組のなかでやっている作品が何故そうやって話題になったのだろう。中身が良かったからとしか思えない*2。モルカーがすごいのは、近年のアニメの常識的な商業展開を一切していないのにヒットしていることである。というのも、ヒットするアニメというのは以下のうちどれかがきっかけになる。
つまり、アニメというのはアニメそのものの質がきっかけで売れるわけではない*5。しかしモルカーは、上のような要素をまったく狙っていないのに人気なのだから、それは純粋なおもしろさが大きいのではないかと思う。なにせモルカーは
- 絵じゃない
- 原作がない
- 声がない
- 主題歌がない
- エモくない
- ほぼ無名の監督
- 仕掛けとかも私が見た感じない
のである。
シンエイ動画が制作に関わっているが、調べたらストップモーションは初めてらしい。老舗なのにチャレンジングである*6。監督の見里さん*7は美術大学や大学院でアニメーションを専攻していたらしく、海外のアニメーションフェスティバルで賞を貰ったりしている。日本では高畑・宮崎や細田守さん、湯浅政明さんといった少数の例外を除いてアートアニメシーンと商業アニメはぜんぜん別世界になっているのだが、こういうアニメーション専攻でアート性の高い短編を作っていた人が商業的に大成功するというパターンは珍しい。先の4人とは逆である。
で、肝心の私の感想なのだが、まずキャラのかわいさが良い。もちろんこれは絵の可愛さではなく、フォルムとかあと微妙な表情、口やタイヤの動きのかわいさである。ちょっと憎たらしいけどそこがまた良いのである。近年の日本の手描き2Dアニメでは見られないところで、私は嬉しい*8。それと、湿っぽいアニメばかりが話題になる昨今このすっとぼけた感じのユーモアは新鮮である。また、教訓的な話が多いのかと思いきやそういうフォーマットを平気で逸脱する自由さも魅力である。自由さでいうと、実写の人間が出てくるのもおもしろい。ストップモーションではよくある手法なのだろうか。私は初めて見た。手法的にもお話的にも、昔のフライシャーとかディズニーはこれくらい奔放だったし、「トムとジェリー」なんて世界観がコロコロ変ってトムが家でネズミ捕りをするだけでなくピアニストになったりするという自由さがあった。モルカーで急にレースをしたりゾンビになったりするのは、おもしろけりゃなんでもいいという潔さを感じてたいへん良い。しかもそれに「あえて設定を外してやりまっせ」といういやらしさを感じないのが良い。監督が純粋にそういうのが好きなのでしょうな。こういうところはサイレントアニメやストップモーションアニメという分野が受け継いで持っている品格だと思う。
ここからは世間に対する苦言をちょっと…。
モルカーの感想でやたらと「人間は愚か」というフレーズを目にする。なんかどうもファンの間でそういうノリが発生しているらしい。ファンの間でノリが発生するのはまあよいのだけれど、そのノリに参加したくてファンになる人が出てくるとちょっと厄介である。というか不純だと思う。というかこれって「人間は愚か」とかそういう話だろうか。なんかモルカーを「ブラックユーモア」と評する記事も見たのだけれど、単純に悪いことをした人間がしっぺ返しを食らうというよくある子ども番組の構成としか思えない。モルカーたちがやたらと健気なのが人間に対するヘイトを生んでいるのだろうけど、それはモルカーの魅力の表現であって人間のそういう感じはそのための演出的な要素としか思えない。
なんだろう、照れ隠しか? 子ども向けのアニメを素直に楽しむのはダサイと思っていて、それで「人間は愚か」とかそういうワードを持ち出して、自分はナナメの視点で見ているということにしたいとかなのだろうか? 別に普通に、かわいくてヘンテコでおもしろいという感想でいいのではないだろうか、大人でも。そういうのってちょっと作品への冒涜を感じないでもない。またもっと深いところでは、隠された意図とか政治的含意とかを読み取ることが高度な解釈であるという先入観が世の中にはあると私は思っている。私としては、そういうのに囚われずに純粋に作品を鑑賞する眼こそ得難いものに思える。
もともとは作品のえも言われぬ魅力が人を惹きつけたのだろうけれど、いまでは「人間は愚か」みたいなフレーズとともに立派にバズってしまっている。なんだか一種のお祭りとして消費されて作品そのものが蔑ろにされていくのが怖くもある。少なくともモルカーという作品は「人間は愚か」とかそういうフレーズではとうてい表現しきれないくらい豊かである。そんなことは見ている人は誰だって、本当はわかっているはずだ。アニメファンの見方やメディアの取り上げ方のほうこそもっと豊かにならなければならない、と思う。世間の流行と自分の好みが一致したのは久しぶりで、嬉しくはあるのだけれど。